熟年の再婚が幸せな毎日を作る|幸せの魔法にかかる?

熟年の再婚が幸せな毎日を作る|幸せの魔法にかかる?

【子育てが終わって】

 

私は54歳です。無我夢中でいるうちに熟年まっただ中にいました。

 

29歳のとき、取引先の12歳上の男性と結婚して、
32歳のときに男の子を出産しました。夫は仕事一辺倒で、機械メーカーの営業職としてがんばってきた人で、
私は出産と同時に仕事を辞めました。

 

夫は44歳ではじめて生まれた我が子を可愛がりました。
それと同じように、年の離れた私のことも可愛がってくれました。

 

ですが、子供が3歳…可愛い盛りのときに、

営業車で得意先をまわっているときにセンターラインをはみ出して走ってきたトラックと正面衝突して亡くなってしまいました。

 

私は呆然としました。短大を卒業して実家を出たので両親や親戚も遠く、
義父母もまた遠いところに住んでいて頼れる人はいなかったのです。

 

しばらくはぼんやりと亡き夫の思い出をなぞるように暮らしました。
ですが友人たちから、このまま食いつぶしてはいけない、と言われました。

 

当面の生活費は夫の保険金や会社の退職金でまかなえましたが、
私は働かねばならなくなりました。

 

ただ、減っていく貯金通帳の数字を見て過ごすわけにはいかなかったからです。
私はお金があるうちに勉強をしようと看護師の勉強を始めました。

 

そして無事看護師の資格をとり、
子供には寂しい思いをさせてしまいましたが、特別な出費以外には夫が残したお金に手を付けずに暮らしていけるようになりました。
今年の春、息子は大学を卒業しました。

 

もう大学入学から私の元から巣立ったようなものでしあが、それでもまだ子どもだと思っていました。

 

ですが、こちらに帰ってくるときに、
彼女を連れて帰ってくるようになりました。

 

会うたびに精悍なひとりの男性として成長していく息子を見て、嬉しさと同時に寂しさが募りました。

 

 

たったふたりで暮らしてきた時間が愛おしかったのです。就職も決まり、息子は自分の道を…私とは関係のない道を歩きだしたのです。

 

【時間は限りのあるものだ】

 

大学の時から離れていたというのに、仕送りが終わったときから私は気が抜けてしまいました。

 

ただ、空間的に離れているのと、まったく私に頼らずに息子が生きていくということは別物でした。
息子は最初のお給料でペンダントを買ってくれました。それが、私との決別の証のように思えて苦しくなりました。

 

息子を育てている間、私はとにかく必死で、自分のことをかまうということを放棄していました。
髪は短く、化粧っ気もほとんどありません。

 

仕事が忙しいので、太ってはいませんが、どうひいき目に見ても色気のかけらもありません。
夫が亡くなってから今まで、誰かから誘われることももちろんありませんし、

 

自分から誰かに声をかけることなども考えたこともありませんでした。

 

このまま死ぬまで、この狭いアパートの一室で過ごすのかと考えたら怖くなりました。

 

私の唯一の趣味はハイキングです。
昔働いていたときの友達に誘ってもらい、休みの日に朝からお弁当を作って日帰りできる小さな山を歩き回るのです。
だいたいが、女性3人で行きます。それは気心も知れていて楽しいのですが、
ふっと誰か男性とふたりで景色を見たりお弁当を食べてるところを想像しました。

もう息子も育てあげたし、夫もきっと許してくれるでしょう。

 

【人はひとりでは生きられない】

 

私は市の広報紙でハイキングサークルを見つけました。
いろんな行事を通じてシルバー世代の活性化をはかるという任意団体を市の職員だった人が定年してから立ち上げたようです。

 

主催者は60代の男性です。

 

だいたい子育てを終えた世代が多くいそうだということがわかりました。
ここに入ろうと考えました。若い人が多いところは、気おくれするのがわかっていたからです。

 

入会するのに、きちんと身元確認をし、
ハイキングや登山の場合は保険証のコピーを預けるということも安心の材料になりました。

 

どきどきしながら、はじめて参加しました。駅のロータリーに年代はばらばらなのに
、雰囲気が似通っている団体がいました。

 

明るい色の服を着た元気そうな人たちばかりです。その人たちがいるところにだけ活気に満ちているように見えました。
ご夫婦のような人も何組かいます。

 

そこで女性に声をかけられました。私が勤める内科医院の患者さんでした。
確か、私より5歳くらい上です。いつもお菓子などの差しいれをくださる人です。

 

知り合いがいてほっとした反面、ひとりでこういうサークルに参加したことが恥ずかしくもありました。

 

その方には、男性と女性のお友達がいて、
歩きながら他愛ない話をしました。患者さんのお連れさんは、学生時代の友人とのことです。

 

男性は5年前に奥様を亡くされて独身とのことでした。

 

背筋をすっと伸ばして大股なのですが、
私たち女性のペースに合わせてゆっくり歩いてくれます。

ぬかるみで滑りそうになったとき右ひじを支えてもらい、私は久しぶりにときめきました。

 

【新しい世界に勇気をもって踏みだそう】

患者さんともうひとりの女性は、とても気さくで、あなたたちお付き合いしてみたら〜と冷やかします。
私もなんだか、うきうきとしてしまったのです。いつ以来のことでしょうか。

 

山から下りて解散する前に電話番号を男性から聞かれました。
どぎまぎしながら、顔を上げて男性を見ました。お友達になりたいから、と言われました。

 

どきどきする私は自意識過剰で恥ずかしい思いをしました。

 

ですが、男性のその構えない自然体な感じが私を楽ちんにしてくれました。

 

連絡をとりあい、2人だけでハイキングにも行きました。
行ったことのある丘でしたが、ちがった景色に見えました。私が作ったお弁当を美味しい、
美味しいと言って食べてくれて充実感を覚えました。

 

このところひとりで食べるだけで、美味しいと言ってくれる家族は誰もいません。
そういえば、男性はこないだのサークルハイキングのとき、スーパーで買ったようなお弁当でした。

 

ある日、自宅に招かれ、私はプロポーズされました。

ふわんとした空気に包まれたような心地になりました。

 

これが、幸せというものでしょうか。
きっとそうなる、とどこかでわかっていた気がします。
寂しさのどん底にいたとき、そこに留まらず、勇気をもって今までと違うことをしようと思ったことがすべての始まりでした。

 

お互いに熟年の再婚です。残された時間を大切にしていけると思います。